第零章

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「ふう…」  性的欲求を一心に妻に打ち付けた夫はタバコを吹かした。横には妻が横たわり、股からは白く濁った液体が、瞳からは透明な液体が滴っている。  それらの音を息子は二階にある自分の部屋で聞いていた。もう聞き慣れたものだ。一か月前から、父が家に居る日は毎回嫌でも耳に入ってくるのだから。それに対して何も彼は思わない。逆に安心している自分が居ることを、少年は知っていた。父が母に欲望を打ち付けている間は、当然自分に危害は無い。  少年に父に対する憎しみという感情は存在しない。毎日暴力を振るう父も、自分を庇いながら自らも暴力に耐える母も、彼は大好きなのだ。  この生活を我慢すれば、父さんは元に戻って、母さんもまた、心から笑ってくれる。僕がしっかりしてれば、大丈夫だ。  そんな考えとは裏腹に、彼の表情は硬くなっていくのだが。 「やーなぎーっ」  彼の許に、悪魔の囁きがやって来た。思考を巡らせることに夢中で、父が階段を上ってきていることにすら気づくことができなかった。  バッと、勢いよく上げた息子の顔は青ざめ、恐怖の色しか映っていない。
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