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確認するように、押し殺した声で答える。
鏑木は後部座席のドアを閉め、素早く瑠都の言うとおりに助手席のドアを開けた。瑠都は素早く乗り込む。静かにドアを閉めると鏑木は運転席に乗って滑るように車を出した。
黒いフォードを自在に操る彼の運転技術は確かだった。瑠都はシートに深く身をうずめながらハンドルを巧みに操る男の横顔をじっと見つめる。
長身のがっしりとした体躯。日本人離れした彫りの深い容貌。武道に秀で、拳銃の扱いも慣れているという。なんでもかつては巡査だったと、父親が言っていたのを思い出す。大切な娘の送迎を任せるに充分な資格を有しているというわけだ。女中たちに人気があるのも、なるほど頷ける。
「いつもの」
視線は運転手の横顏を捕えたまま、瑠都はぼそりと呟いた。その美貌にも低い声にも感情は読みとれない。鏑木の喉がごくりと鳴った。
「承知しました」
瑠都は肯定も否定もせずに運転手からふっと視線を外すと、その冷めた眸でフロントガラスに映る落日をじっと見据える。
「お嬢様……お嬢……」
低く唸るような男の呻き声。
帝都の中心を少し外れた広大な敷地を有する墓地に停車しているフォード。何人たりとも侵入することの無いよう、死者の聖域に張り巡らされた結界の如く鬱蒼と茂る木立。そこは永遠に眠る死者たちの霊に厚く護られ外界の喧騒を完全に遮断している。静寂に包まれあの世とこの世との境界が混濁しているような錯覚を起こす。
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