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侍は刀をひいて、腰に提げた鞘へと戻してくれる。
何度か突き放してしまったけど、敵にはされていないみたい。
「…なんかボロボロになってる気がするけど…大丈夫?」
「……帰り道を一人で探して歩き回っておった。そうしたら拙者のこの刀を取り上げようとしてくる輩がいて、その者共から逃げ隠れをしていたのでござる。武士の命の刀を取り上げようとするとは、ここは拙者の知る日の本の国ではないのだとつくづく思い知らされた。そなたが言ったことをわからないながらも理解してきたように思う」
侍は刀の柄を撫でながら、この数日何をしていたのか軽く教えてくれる。
逃げ回っていたらしい。
刀を取り上げようとしている相手が悪い人なのか警察なのかはわからないけど。
この侍にとっては、きっとどちらも同じようにしか見えないような気がする。
なんだか苦労しているようだ。
私があげたマフラーを巻いたままでいる。
今度はコートを買ってあげようか。
…って、なに私、見ず知らずの人に貢ごうとしてしまっているの。
なんて思っていたら、ものすごく大きなお腹の鳴る音が聞こえた。
目の前の侍のお腹を何を考えるでもなく見てしまった。
侍はお腹を押さえて、その音を止めようとしているのか。
音は鳴り出すと止まらなかった。
侍の顔を見ると、力なくしょぼんとしている。
…なんでこんなにかわいいんだろ。このちょんまげ。
こんなのだから見捨てられないんだ。
我慢してるのよくわかる。
「何日食べてないの?」
お金…なんて持っている気はしない。
もしもあっても今の時代のお金なんて持っていないだろう。
店のものを盗んで食べるような人にも思えない。
「かれこれ3日ほどでござろうか。申し訳ござらぬが、どうか食糧を恵んでくださらぬか?」
哀れな落武者のような姿で、お腹をぐーぐー鳴らしまくって、懇願されて断れるほど私は無慈悲になれそうにない。
クリスマスの夜に出会ってから3日目。
私はこのちょんまげをちょっと気に入っているかもしれない。
決してちょんまげに出会いたいと願ってはいなかったんだけど。
というか、なぜちょんまげ。
現実か非現実か私のほうがわからない。
でも夢ではないらしい。
ちょんまげは確かにそこにいる。
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