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「お、お疲れ様ですっ」
慌てて背中に声を返すと、彼は少し私を振り返って笑う。
どきっとした。
笑った顔、初めて見た。
男前だった。
ちょっといいことあったかも。
なんて思いながら、駅への道を歩いて、いつものように電車に乗って。
いつもよりべたついたカップルが多いなと、微妙に嫉妬しつつ。
最寄り駅で降りて家に向かって歩く。
ちょっといいことは、いつもより多いカップルを見て沈んだ。
だって隣のオフィスの男前に挨拶されただけ。
これから彼女とデートなのかもなんて思うし。
まぁ、いいや。
どうせ今日はもうすぐ終わる。
クリスマスは終わる。
幸せそうな人たちを見て羨むばかりの日は終わる。
コンビニに向かって歩いていたら、目の端に何か見慣れないものを見たような気がして、私は振り返った。
住宅街の多いこのあたりの一角、木が一本植えられた小さな広場。
たまにやんちゃそうな若者がたむろったりしている場所なんだけど。
その木の下に、背筋まっすぐピシッとした、時代劇に出てきそうな服を着た、いかにも侍といったちょんまげ頭の男が、正座をして座っていた。
「……」
思わず言葉を失った。
クリスマスといういかにも西洋行事といった日に、なんだってそんなところでそんなものがいるのか。
何かの撮影かと思って辺りを見回しても、カメラも何もない。
というか侍姿でこんなところで撮影なんてあり得ないだろう。
やるならそういう時代劇のセットがある場所でやるべきだ。
パソコンのディスプレイの見すぎで目が疲れているのだと思って、目のあたりを擦ってもう一度見てみる。
いる。
なんかきりっとした侍が。
まっすぐに前を見ている。
…疲れているんだ。きっと。
そうに違いない。
変な幻を見てしまったんだ。
もしかしたら幽霊かも。
逃げるように歩き出そうとした。
「姫っ?」
なんて声が聞こえた。
侍の次は姫っ?
なに?なにがどうなってるの?
私はそのお姫様がどこにいるのか辺りを見回す。
「姫っ」
なんて、さっきの侍が私の足を止めるように私の前に回ってきた。
その目は私を見ている。
…え?姫って私?
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