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「千都姫、…どこもお怪我をされておらぬようで…よかった…」
なんて侍は私を見て、心から安心したような顔を見せる。
いえ、あの、千都ってどなた?
その前に私にはこんな侍の知り合いなんているはずもない。
「ひ、人違いです」
なんか変な人に絡まれてしまった。
逃げるように侍の横をすり抜けて歩き出す。
「千都姫っ」
侍はまだ私をそのお姫様と思っているらしく、私のあとを追ってくる。
走って逃げたら、走って追いかけてきた。
クリスマスなのに。
なぜか私はクリスマスという行事にまったく関係なさそうな男に追いかけられることになった。
悲鳴でもあげたい。
なんかこわいし泣きたい。
新手の変質者ってやつだ。きっと。
ヒールで私の逃げ足は遅くて、すぐに腕を掴まれてしまった。
「姫っ。なぜお逃げになるっ?拙者は何もしておらぬっ」
そうだけど。
私は姫なんかじゃないっ。
「だから人違いですってばっ!私にはあなたみたいな役者の知り合いなんていませんっ!侍の知り合いなんていませんっ!」
私は声を大きくして必死に言った。
侍の私の腕を掴んだ手が緩くなって、私はその手を離れさせて侍を半分睨みあげる。
「…本当に…姫ではござらぬのか…?」
「私の名前は高山瞳子ですっ」
「……すまぬ。迷惑をかけ申した」
侍はわかってくれたらしい。
その顔を俯かせて、どこかしょんぼりとした様子を見せて。
なんか寂しそうにしてくれるから、少し気になりはしたけど。
まったく知らない人だし。
なんか変なかっこしてるし。
私は最初の目的地だったコンビニへと向かう。
少し振り返って見てみると、侍は私を追いかけてきたりはしなかった。
その場で立ち尽くしたように動かなかった。
コンビニで夜ご飯を買って。
家に帰って食べながら、侍のことばかり考えてしまっていた。
何かのテレビ番組のどっきり…っていう感じでもなかった気がする。
外、寒いけど…、あの人、あのまま、あの場所にいるんだろうか?
ベランダのほうを見て、なんで見ず知らずのそんな人のことを気にしてあげなきゃいけないのかと思い直して。
でも侍のことばかり考えていて、ケーキ買ってくるの忘れていた。
クリスマス…なのに。
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