クリスマス

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たとえば自分が目が覚めたらまったく知らないところにいたとして。 帰る道もわからなくて、誰に声をかけても無視をされたら…。 泣きそう。 仕事をしていても、また侍のことを気にしてしまっていた。 変に保護欲を掻き立ててくれる人だと思う。 私が相手をしなくても大丈夫だろう。 倒れそうになれば自分の身をどうやって守るかくらい考えられる…はず。 でもまったく知らない世界。 気になって、気になって、気になりすぎた。 いつもは何を言うこともなく、言われるままに受けていた残業を断って、足早に駅に向かった。 最寄り駅に着くと、広場にまっすぐに向かって。 そこにいたはずの侍の姿が見えなくて、私は辺りを見回す。 どこにいったのか。 どこかで暖かくしているならいいんだけど。 少し探すように近辺を歩いてみたけど見つからなくて。 次の日も、その次の日も出勤のとき、帰り道、侍の姿を探したけど見つからなかった。 残業をいつものようにしていれば、隣のオフィスの男前ともう少し親密になれたかもしれないのに、なにやってんだろって感じ。 出会いを求めてはいたけど、侍との出会いなんて求めていなかった。 なのに、私はあの侍を探している。 年末年始の長期休暇。 私はあの広場にいった。 私の目は侍を探している。 数分立ち止まっていただけで凍えてしまいそう。 夜はもっと寒いかもしれない。 鼻をすすって、寒さに身を震わせながら、辺りをひたすら見回していた。 塀の向こうにちょんまげが見えた。 あんなのあの人しかいないと思う。 まだいた。 何か隠れるように歩いているようにも思ったけど、私は私から侍に近づいていって、塀の向こう側に顔を覗かせた。 と、私に向けられた刀。 顔の目の前、寸前でその刃は止まってくれたけど、声も出なかった。 一瞬だった。 きらりと光る刀身はどう考えても本物だ。 今の日本じゃ、こんなもの持ち歩いていたら銃刀法違反で逮捕だ。 「……そなたはっ」 侍は私に気がついたように声をあげて、私も視線を刀の刀身から侍に向ける。 綺麗に整っていた侍の姿はこの数日に何があったのか、落ち武者のようになっていた。 ちょんまげ崩れて、禿げていたところに髪がうっすらはえている。 …かっこ悪い。
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