種の歌

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  雨だ、と思って顔を上げたら、それは涙だった。 今度は冷たい石の側に、私は咲いたらしい。 まだ若いだろうその女は、石の前に跪き、胸の前に固く両手を合わせて静かに涙をこぼしていた。 私には見える。 傍らに立つ男が彼女の肩を抱き、すまないと何度も繰り返し謝っている。 だがその姿は薄く透けて、今にも風に溶けて空へと還って行きそうだ。 ふと男が私に気付き、彼女の耳に「ほら」と囁いた。 何か気配を感じたのだろうか。男が指し示した指先を、彼女の視線がたどる。 私の姿を認めた女は、ゆっくりと瞳を上げて青い空に溶ける男の姿を見送った。 風に体を震わせて私は歌う。あの男もきっと、そう望んでいたはずだから。  “笑って さあ、笑って” .
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