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「ガタン ゴトン ガタン ゴトン」
電車の走行音と、窓から吹き込む涼しい風が、子守唄のように僕を眠りに誘う。
友達と一緒に、十字街まで買い物に言ったのはいいのだが、すっかり帰りが遅くなってしまって、僕が今乗っているのは最終電車だ。川江鉄道伊沢線は、最終電車の時間が極端に早いのだが、もう誰も乗っていない。まだ、11時なのに。
平地の市街地から、丘陵地帯の住宅地に向かう電車は、ダラダラした長い坂を這い上がるように進んでいく。時折、車体がミシミシと音を立てる。
――伊沢線の電車はボロだから。
駅長を父親に持つ、幼なじみの同級生の松下岬はしょっちゅうそう言う。
確かに、近郊線で冷房設備を持たない電車が大半を占めるのは、鉄道好きの僕から見ても珍しい。
眠気を引きずりながら、いろいろを考えていると、すっと眠りに引きずり込まれてしまった。
――いけない、寝てた。乗り過ごして……ないよな。
意識的には数秒の間だったので、そう思って辺りを見回して気がついた。
車内には黄昏時の光が満ち、いつの間にか大勢の人が乗っていた。
その人達が普通であったならば、お祭りでもあったのかなと思って、僕は大して気にとめなかったに違いない。意識的には数秒でも、すっかり寝てしまうこともある。
しかし、人々はみな傷をおっていたのだ。致命的なもの、浅いもの、深いもの。そのどれもが生々しく、まさに今、負傷したばかりに見えた。
そして、僕の前には一人の女の子が、じっと僕の目を見つめていた。彼女もまた、重ね着したブラウスとワンピースに赤黒い血が滲んでいた。
僕は彼女の目から目が離せなかった。
彼女の目には、感情というものが感じ取られないのだ。ただ、顔の真ん中に開いた穴のようにしか。しかし、それとは裏腹に、少し開いた唇といい、その表情は何かを伝えたげだ。
そうしているあいだに、人々の姿は掻き消したように見えなくなってしまった。
――幽霊?それとも…夢?
考えている内に、電車は霧石駅に滑り込んだ。
――岬はもう寝ているだろうな……。明日聞こう……。
霧石駅は岬の家でもある。聞けば何か知っているかも知れないが、夜も遅い。
諦めて、僕は改札を抜けた。
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