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いや、怖がっていない、というより、感情そのものが感じられない、といった方が正しいか。
その瞳は、悲哀も、同情も、恐怖も、何も映していなかった。
そんな風に二人の男女を見ていると、
「なぜ、こんな話を童謡にしたのでしょうね」
男は言う。
「こんな話を子供に歌わせる、歌っているのを止めない、というのは、おかしいと思いませんか?」
「本当の由来は別のことだったんじゃないですか?」
「そうかもしれません。でも本当にこの話が由来となっているかもしれない」
男は一度、そこで言葉を区切り、
「不思議だとは思いませんか? 一つの話の由来がいくつもある、なんて。もしかしたら、これは意味がよくわからなかった人が憶測で作ったのではなくて、誰かが狙って本当の由来を解らなくさせていたのかもしれませんよ」
「けど、そんなことをする意味が、」
僕の言葉はそこで途切れる。
視界が揺れる。頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されているようだ。
なぜか遠のいていく意識の中に、男の言葉が響く。
「意味、ですか。なんでしょうね。この世は無意味や矛盾に満ち溢れていますから。何が無意味で、何が意味がある、なんて、考えるだけ無駄でしょう。けれど、もしかしたら、こんななんでもないことを考えるだけで、少しくらいは何か見えるものがあるかもしれませんよ?」
何が言いたいのか、と問いかけようとしても、声が出ない。自分がどこに、どうやって立っているのか、存在しているのかすらもあやふやになるような感覚が体を包む。
その中で、最後に聞こえた男の声。
「では、さようなら。またいずれ」
暗転。
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