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「とっ……とりあえず日の出まで時間ないんだから急ぎなさいよね。後で後悔したって貴方は――」
「……レリエフ?」
瞬間、レリエフの表情が暗転する。何処か哀愁漂う顔は僕が今まで見てきた表情の中で最も儚気に見えた。それは何とも禁忌的で。不届きながら僕は一瞬だけ美しいと思ってしまった。
「何でもないわ」
小さく吐き捨て、レリエフは前方に向き直る。その背中は何処か寂しそうで、僕という存在を殺すべく幼い頃より剣尖を磨き続けてきた屈強の女戦士が、この時の僕には弱々しく見えた。
「……っ」
直感的に何か声をかけてあげなければならないと思い、僕は半ば反射的に手を伸ばそうとする。
しかし、活力を失った花を慈しむように差し伸ばした手は空を彷徨うだけだった。
そうだ、触れてはならない。
触れてしまえば僕は彼女の生死を掌握することになる。それは僕が所有する≪与奪≫の力。
それを発動してしまえば僕は最後の絆を手放すことになる。
それだけはあってはならない。
その温もり触れたいという衝動を堪え、僕は口をきつく引き結んだ。
レリエフの背中が徐々に離れていく。何があろうと触れることの出来ないその距離は、何だか僕と彼女の間に敷かれた境界線のようだった。
003
そこには噂に違わぬ絶景が広がっていた。
それからの僕らは終始、無言のままオブリビオンの丘を目指した。普段から道化師を演じている僕にとってその空気は苦痛だったが、その気持ちもこの風景が一蹴してくれた。オブリビオンの丘に辿りついていた。
「うわぁ……」
そのあまりもの絶景に僕は自然と感嘆の声が溢ぼす。
僕らが足を踏み入れた場所は高台になっており、鬱蒼とした芝生の上に咲き誇っていたのはロゼリアの国家であるワスレナグサ。その淡青色の花弁を皮切りに、その向こう側に広がる海がせせらぎを奏でていた。その海面は近いほど半透明になっていて、水平線に近づくほどその青を濃くしている。扇状に広がる沿岸の左手にはロゼリアの街と思しき建造物が点在していて、右手には三〇メートルはあろうかという真白の風車が屹立していた。
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