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アヴァンベルクにおけるクリスマス・イヴに関しての風習。それは恋人同士で一夜を過ごすというものだった。
これは実家の書庫にあった古典による知識なのだが。何でもアヴァンベルクではクリスマス・イヴにあたって男性が女性に対して告白するらしいのだ。そして恋人の場合は……。
「って、ナニ考えてんのよ馬鹿!」
羞恥に耐えられなくなった私は寝床に放置された枕を手に取り、それを壁に投げつける。
やましいことなんて何もない。そこにあるのは単なる仮定であって結果ではない。そうだから全然やましいことなんてない。
「はぅ……」
なかば強引に自分の思考を肯定しようと試みるも、言い訳を考えれば考えるほどハクアの顔が脳裏に過り、私の顔はすっかり茹で上がってしまった。
「……でも、何で?」
誰というわけでもなく、私は独りでにそう問いかける。
でも何故、私はそんなことを想像してしまったのだろう。
本来、彼は私にとって敵であるべき存在のはずなのに。
「……分からない」
当然、何処からか返事があるわけもなく、感情を殺してきた私にはその高揚感が何であるか理解できなかった。
やがて私はベットから立ち上がり窓際に歩みよると、日差し除けを開いて空を見上げた。深夜四時の上空は厚い雲と朝靄(あさもや)に覆われていて、その蒼を望むことは叶わない。
それが何だか私の今ある心境のようだった。
「それにもう、遅いのよ」
やがて私はその移ろいゆく空を見上げながら思い出したように呟く。
「だって――」
だって、私は今日――ハクアを殺すのだから。
視点/ハクア
《災禍(カラミティア)》。 それが僕――スジョウ・ハクアという存在の正体”らしい”。 何故、そんな曖昧な表現になってしまうかというと、それは僕自身が自分という存在をまだ把握しきれていないからだ。ーーいや、正確にはその記憶が僕にはなかった。
僕が自己という存在を確立したのは緋色の世界だった。
火災だった。目の前に広がるのは燃え盛る家屋とそれを喰らう烈火。辺りには崩落した煉瓦と堅炭が散乱し、頭髪と皮脂が焦げる臭いが当時の僕をつんざいた。
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