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だが、その異質な光景を目の当たりにしても、当時の僕は驚くほどに冷静だった。ただ自分が世界に終焉をもたらす《災禍》という不死の存在であることや、手で触れただけで対象物の生死の権利を勝ち得ることのできる《与奪》の能力を持っていること、《救済者》という存在に追われていることなんかが頭の中で一挙に展開され、その膨大な情報を咀嚼することだけに、僕の心身は埋め尽くされてしまっていたからだ。
けれど、思い出が欠落していた僕にも覚えていることが一つだけあった。
それが《最果ての境界線》という場所を求め遠征を続けてきたことだった。しかし、僕には最果ての境界線という場所が何処にあるのかも分からなければ、何のために探しているのかも分からなかった。
だからこそ僕は旅に出た。最果ての境界線を見つけたかったからではない。僕という最悪の存在がどのような経緯でそこを目指し、その先に何を得ようとしているのかを知りたかったからだ。
その過程で僕はナターリア・レリエフという少女と邂逅を果たすこととなる。その少女こそが災禍である僕を討滅するべく参来(まいく)した《救済者》だった。
レリエフの流麗な水色の髪が風に舞い、その猛禽類のような鋭い眼孔が当時の僕を硬直させた。
死を直感した。レリエフと会合を果たす以前より、僕は幾度となく死線をかいくぐってきたけれど、それは僕にとって本当の『死』ではなかった。足を擦りむいても血が流れる前に治癒してしまう、礫ほどの薬莢(やっきょう)を額に受けても燃え尽きたはずの生命が再燃してしまう。そんなものは真意としての死ではない。
だからこそ僕という存在はレリエフと相対すること死を直視することができた。《蹂躙》の能力を帯びたその一閃を受ければ、たとえ不死である僕でも絶命することが理解できた。
でも、僕はまだ死ねなかった。その最果ての地に赴くまで。いくら惨めだろうと、這いずってでも僕はその終着点に辿り着かなければならなかった。
だから僕は救済者たるレリエフに請願した。殺すのならば最果ての境界線を見つけてからにしてくれと。殺さないでくれではなく、殺すならと。
その決死の思いが通じたのか、遠征に同行するという条件で僕は少しばかりの猶予を得た。
あれから二年の月日が流れた。
……その試みも今、終幕を迎えようとしている。
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