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清々しい空を見上げながら深呼吸した。
甘酸っぱい風が吹いている。鈴音の胸は高校生活への期待で膨らんでいた。青風高校は、鈴音の第一希望校。合格が決まったとき、これまでの苦労を思い出し正門の前で涙をこぼした。
視線を遠くに移すと、正門から南へと桜並木が伸びている。思わず「あっ」っと声をあげた。何万枚もの花びらが視界を埋め尽くすように舞い落ちていく。
見とれていると、突然背中を叩かれた。
「痛いっ」、思わず息が止まる。
「わりぃ」と男の声がした。鈴音はむっとして振り返る。
・・・・・・視線がぶつかった。
澄んだ瞳。細身で長身。ブロンドの髪にはウェーブがかかっている。ほのかな笑みには優しさが溢れていた。濃紺の詰襟はボタンが外されていて、黄色いティーシャツがのぞいて見える。
胸が締め付けられるように痛い。取り繕うように笑顔を作る鈴音。すると男子は、鈴音の前の立ち表情を固くすると、拝むように手を合わせて言った。
「自転車貸してくれ。お礼は百倍にして返すから」
背中の痛みが消え失せた。鈴音は、黙ってサドルを空ける。
「ありがとう。恩に着るよ」
男子生徒はそう言うと、合わせた両手を解いて頭を下げた。
「あ。あの……」
言葉を探しているうちに、彼は走り去ってしまう。女は一目惚れしないって言うけれど、あれは嘘だ。鈴音は、高鳴る胸を右の手のひらで押さえた。
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