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   目を瞑ると、風に乗ってかすかな音が聞こえてくる。鈴音は、「何だろう」と思い、さらに耳を澄ます。聞き覚えのあるメロディー。甘く切ないコールアングレの調べ。小学生のときにキャンプで歌ったことがある。 (遠き山に日は落ちて……これってドヴォルザークの新世界交響曲)  音は、グラウンド西の講堂から聞こえてくる。鈴音は調べに引き寄せられるように階段を下り、講堂へ向かった。  講堂に続く道の両側は、タンポポとシロツメクサに覆われている。南側に広がる菜の花畑には、モンシロチョウが舞っていた。開きっぱなしになっている講堂の扉を抜け、内扉も抜けて、まるで花の蜜に誘われるように調べに引き寄せられる。しかし、ふいにコールアングレの音が止んだ。直後に、ピシピシという固い音がする。何かを叩くような音。  「あ。そこの弦楽器はソットヴォーチェ。ピアニシモを守って。木管はゆるやかに吹き切ってから八分休符でブレス。じゃあ『K』からもう一度」  譜面を捲る音がする。その微かな音が消えると、指揮者が指揮棒(タクト)を構え、ゆっくりと振り下ろす。静かな弦楽器の和音が流れ始めた。  指揮台の上に立つ亮は目を閉じている。制服の上着を脱ぎ、黄色いティーシャツ姿だ。  「何か恐いよね」「厳しそうな部活だよ」  練習に見入っている新入生たちのひそひそ話が聞こえてきた。確かに華やかな演奏会のステージとは違う。厳しい練習風景。ピリピリした空気が伝わってくる。鈴音は黙って講堂の末席に腰を下ろした。 .
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