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その日の夕方、鈴音が学校で購入した教科書を確かめていると玄関のチャイムが鳴った。鈴音が扉を開けて出てみたが、そこには誰もいない。鈴音は道路まで出て確かめようとする。しかし、すぐに足が止まった。
リビングの出窓に面した垣根の外側に、鈴音の自転車が置かれていた。おそらく、自転車のマッドガードに書かれている住所を頼りに届けたのだろう。
辺りを探したけれど、彼の姿を見つけることはできなかった。西の空があかね色に染まっている。綺麗な夕焼けだった。
鈴音は自転車を片付けようと思って気がついた。サドルの上に何かが置いてある。花の透かしが入った白い封筒だった。鈴音はそれを抱き締めるように持って二階に上がる。そして、すぐに封を切ると読み始めた。
『自転車ありがとうございました。本当に助かりました。今、忙しいので、少し遅れるけど、必ずお礼します。……亮より』
『亮』。いい名前だと思った。鈴音は人差し指をまじないでもかけるように額に当てると、その指で彼が書いた文字をなぞった。ついつい笑みがこぼれてしまう。
均整のとれた美しい文字。滑らかなペンさばきからは気品すら漂ってくる。
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