第二章

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 一体自分は何処に行き着くことになるのだろう。  今となっては何故か総てが遠い昔の事のように思われて、次第に離れ行く陸地を、婉容は名残惜しむかのようにいつまでも食い入るように見つめていた。 「ご心配には及びません。皇后陛下が向かわれている満洲の地もきっとお気に召すはずです」  まるで心を見透かしたように、隣に座っている璧輝が静かに声をかけた。婉容は驚いて璧輝を見つめた。そして投げかけられた璧輝の言葉に何も応えぬまま無言で冷ややかな一瞥だけを投げると、視線を再び窓の外へと戻した。    沈黙という重い荷を乗せたまま、どのくらい船は進んだろうか。突然岸の方から停船を迫る中国語の怒鳴り声が聞こえた。  璧輝は素早く席を離れ、ドアの両側に立っていた日本兵と血相を変えて何やら早口の日本語で話し始めた。すると二人の日本兵は慌てて甲板へと飛び出してゆく。三人の話の内容は分からなかったけれど、その状況、慌て具合、緊迫した表情からしてここは中国軍の勢力下なのだろうと婉容は理解した。  冷たい窓に顔を当てて見ると、船は速度を落として岸壁に近づいて行ったかと思うと同時に灯りが消え、突然岸から激しい銃声が轟いた。
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