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「もう大丈夫です」
耳元で囁く声にはっと我に返った婉容がゆっくりと顔を上げると、そこには自分を心配そうに覗き込む璧輝の優しい眼差しがあった。間近で見るそのきめ細やかな白い肌、微かに憂いを潜ませ、それでいて涼やかな目元は溥儀とはまるで違う。この世には男性でもこんなに美しい人がいるのかと、婉容は心の中で息を飲んだ。
「お怪我はありませんか?」
形の良い唇から洩れた低い声に彼女は咄嗟に俯いて無言で首を横に振る。すると璧輝は優しく婉容を抱き起こして再び椅子に座らせた。
「驚かせてしまいましたね。皇后陛下はお疲れです。どうかしばらくの間お休み下さい」
そう言うと璧輝は自分の外套を脱いでそっと婉容に掛けてやった。ふわりと鼻孔をくすぐる璧輝の香り。
頬が赤く染まってゆくのが悟られないだろうか? この胸の高鳴りが聞こえてしまわないだろうか?
必死に平静を保とうと婉容は再び窓の外に視線を移した。外は陸も海も空も境界の無い一面の闇の世界。未だ頬に残る璧輝の吐息の感触を感じながら、婉容はいつの間にか心地よい眠りへと落ちていった。
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