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「そんなまた突然に……どうしても今日出立しなければいけないのかしら?」
「そうです。事態は急を要しております。そして宣統帝も皇后陛下の一刻も早い御到着を望んでおられます」
「一体これから何が起ころうとしているの?」
「それはまだ申し上げられません」
聞き飽きた言葉に苛立ちがこみ上げてくる。
「では、貴方が国民党の密偵ではないという証拠は? 皇上の名をかたって私を拉致するという可能性だってあり得るはずよ」
婉容の大きな瞳が探るように相手を睨む。
「全くもって仰せの通りでございます」
璧輝は彼女の予想外の返答に少なからず面食らった様子で暫く押し黙ったままでいた。するとおもむろに軍服の懐から不気味に黒光りする小型の回転式拳銃を差し出した。
「では、もし皇后陛下が私の行動に少しでも不審をお感じになったのなら容赦なくそれをお使い下さい」
今度は婉容が絶句する番であった。
受けとめる両手が小刻みに震えている。小型ながらずっしりと重い、初めて触れる拳銃に婉容は畏怖の念を抱いた。
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