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代々、巫女の血筋に受け継がれて来た不思議な力は、山野の獣や冷たい風雨からこの身を護ってくれる。背中で眠り続ける幼い娘からも、同様の力が確かに感じられた。
貴女には、国を護る為に炎柱に捧げられるなどと言う忌むべき贄の宿命など、決して背負わせはしない。だから安心して、お眠りなさい。
貴女が目覚める時には、きっと……。
背中越しに伝わる愛しい鼓動と温もりが、前へと進む気力と決意を与えてくれる。
神殿を守護する僧兵達に掛けて来た眠りの魔法は、月が輝く宵の間は解ける事も無いだろう。
夜明けまでに少しでも、この地を離れなければ……。
「私が貴女にしてあげられる事は、もう多くは無いでしょう……けれども私はいつだって、貴女の幸福を祈り続けているから……」
月明かりが照らしてくれる山中を、徐々に疲労が蓄積して行く足で歩き続ける内に、軈て下りの道へと差し掛かった。
この山さえ越えれば、国境まではもう少し――。
その時、付近の木陰から複数の足音が近付いて来るのを耳にして、全身に緊張が走るのを覚えながら立ち止まった。
炎の柱を護る神殿の付近は国の聖域とされており、野盗の侵入も僧兵達によって防がれていると、聞かされていたのだけれど……。
押し寄せる不安に手足が強張る。けれど眼の前に現れた一人がその姿を月光の下に晒すのと同時に、それは杞憂へと変わった。
「――我が主を、御迎えに参上致した」
憂いを宿した口調で告げたのは、亡き王子に仕えていた近衛兵長。続いて現れた者達も皆、嘗ては王家に仕えていた近衛兵達だった。
「――この子はもう、巫女でもなければ王家の者でもありません。それでも主だと呼んで頂けるのですか?故国を捨ててまで護って下さると……?」
彼等とは国境付近で合流する手筈となっていたけれど、完全に信じていた訳では無かった。
私達の存在こそが、あの人の全てを奪ったとも言えるのだから……。
「我等が忠義を捧げたのは国でも王家でも非ず、殿下ただ御一人のみ――その殿下の最後の御望みが、御息女の行く末の安寧であられた。私を始め此処に居るのは身寄りも無い者ばかり故に、気遣いは無用に願う」
そう告げた壮年の近衛兵長は、穏やかな眼差しで眠る我が子を見詰めていた。
気付いてみれば、彼は最低限の武装こそ身に帯びてはいるものの、盾を表す紋章が刻まれていた近衛兵の鎧を纏っていない。他の者達も皆、似た様な旅装束の姿だった。
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