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遅かったか。
癒奈の耳の穴から、霊魂のような浮遊気体が入り込んだ。
涙深は偶然その場に居合わせていたらしい。
「しっかりして下さい、癒奈ちゃん。おかしいですね。今日はそんなに恍惚剤を飲んでいないのに!」
癒奈の肩を揺らす。
けれど無反応。
狼狽する涙深。
ボクは入口の段差にハイヒールを引っかけ、だらしなく前に倒れた。
「癒奈に何をしたんだ、バイタリヲン!」
ボクは唇を震わせた。
滲んだ口紅が違和感を覚えさせる。
「どういうことですか、千好君」
涙深がボクの元へ駆け寄った。
「ちゃんと、答えて下さいよ」
半開きだった部屋の扉が、勢いよく開いた。
切矢達だ。
「これはどういう情況なんだ?」
ボクは部屋を見渡す切矢の横顔を見上げた。
「我が名は……」
ゾンビが蘇るように、むくりと起き上がる癒奈。
「バイタリヲンなり。全ての生命の産みの親である。しばらくの間、灰鶴癒奈には我の器になってもらおうぞ」
「おい、どうしたんだ癒奈!」
癒奈に駆け寄る切矢。
「おっと、それ以上近づくと、この器の命を断つぞよ」
霊魂に操られた癒奈は懐からナイフを取り出し、自分の首筋に当てた。
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