62人が本棚に入れています
本棚に追加
「確かにそうかもしれねえけど、睨むことはねえだろ」
誘音はショートヘアの頭をポリポリ掻き、クスクスと笑った。
「睨んでませんよ」
「まったく、自分の顔を鏡で見てみろよ。千好ってすぐ顔に出る性格だな。面白いぜ」
「知らないですよ」
「あ、また目を逸らしやがったな。ええい、面倒だぜ」
いきなりボクの右腕を掴んだ誘音。
「あ、何をするんですか」
「いいから来い。ちょっと付き合えよ!」
ボクの腕を掴んだまま、誘音はぐいぐいと大股で廊下を闊歩した。
「どこに向かってるんですか。ボクの部屋はそっちじゃないだけど」
「うるせえ、黙りやがれ。今から向かう先は恩字の診療所だぜ」
「嫌だ。行きたくようっ」
「ガタガタ言うんじゃねえ。とっとと歩け」
誘音はボクをさらって行った。
癒奈が眠っている診療所へ向かって。
「誘音さんって強引なんですね。切矢みたいで」
最後のは皮肉だった。
「……本当はオレだって、誰かにエスコートして欲しいお年頃なんだぜ。でも最近の男はどいつもこいつも草食系ばっかりだからな。オレが強くなるしかなかったんだ」
廊下を曲がる瞬間、前を歩く誘音の横顔がちらり見える。
にひひ、と微笑んだ表情はとても格好良くて可愛かった。
「切矢だけがオレを導いてくれると思ったのによう。あいつの目当ては……」
言葉を濁す誘音。
領土問題の話は口にしないようにしよう。
最初のコメントを投稿しよう!