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ボクは前に飛び出した。
怖いもの知らずだった幼い頃のように。
左手で蔀の刀を鷲掴みする。
半ば諦めていたのかもしれない。
どうにでもなれと思ったのだ。
危険だから怖いのではない。
危険だと思うから、怖くなるのだ。
「私の刀が!」
ドロドロに溶けた鈍月は、床に銀の雫を垂らした。
「蔀さん、自分の部屋で刀と話をしていましたよね」
「なぜそれを?」
「てへへ、盗み聞きしちゃった」
「まさか、あの事を知っていたのですか?」
困惑する蔀。
「いや、今気付いたんですよ」
「そうですか……。愛刀鈍月、いや、鈍月翔(にぶつき しょう)は一つ年上の私の恋人でした。でも彼は、<卒業>してしまった……」
「それが元で、蔀さんは<不良>になったのですね」
「御察しの通りよ。私は彼の優しさを忘れない。どんな姿に成ろうとも。盲目の私に剣術を教えてくれたのも、彼。彼は私の灯明だったのよ」
役目を終えた人面瘡は輝きを失った。
「鈍月翔という人は、自分のAT細胞を初期化する能力を持っていたのですね」
「ええ。一ヶ月に一度、彼は元の姿になって私の前に現れるの。それが今日だったというわけよ」
自分のAT細胞を初期化させる能力。
獣の姿に変身出来る射澄とは逆の能力だ。
「鈍月の中のAT細胞は、自身の能力によってミクロ単位で常に初期化と能力解除を繰り返しています。光が点滅するようにね」
刀がドロドロになった理由は、初期化した状態の刀のAT細胞をボクの能力で新種の液体金属に分化させたからだった。
「三分経てば元に戻りますよ」
「刀をやられるとは……負けを認めるわ」
やった!
ボクは蔀に勝ったぞ。
人面瘡から興奮の汗が沸き上がる。
思わずにんまりと笑みを浮かべた。
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