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「あなたは? いったいどうしてひとりであんなところにいたの?」
くるくると変わる表情。さっきまでのあの無邪気な笑顔は瞬時に消え失せ、たちまち分別のある、厳しい大人の顔つきになる。
「旅行で……両親とここに来たんだけど途中ではぐれて……」
「そっか、迷子になったのね?」
「親、昔から仲悪くて、この旅行も離婚前の最後の家族旅行とか言って。あのバザール歩いてたら、つまらないことで急に喧嘩しだして……」
残っていたアルコールを呷っていた彼女がふいに飲むのをやめてグラスをテーブルに置いた。眉をひそめ心配そうな瞳が僕にまっすぐ据えられる。
「またかよって、僕やってらんなくて。外国に来てまでやるのかよって、いいかげん嫌になって……それで……」
「わざとご両親から離れたのね」
「そう……」
「そうしたら、あそこで迷子になってあの男に襲われちゃったと」
僕は黙って頷いた。
物心ついてからずっと仲の悪い両親の姿しか見てこなかった。何が最後の家族旅行だ。ふたりが長年繰り広げてきた茶番劇に付き合うのはもう限界。まさかこんなところにまで来て醜態を晒すとはね。うんざりだった。
「ごめん……こんな話して。普段は絶対にこんなこと言わないんだけど……でも別に同情してもらいたいわけじゃないから」
「わかってる」
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