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Episode 1
夜。男は息を切らして走っていた。
昼間の喧騒も家へと帰り、カラスもその輪郭を溶かす暗闇の街。
そんな中、男の影だけが必死に動いている。今にも倒れそうなほど前かがみで、水で濡れたようなレンガの道を力いっぱいに蹴りあげる。
と、亀裂でせり上がった地面が男の足を掴んで、二転、三転させる。
無骨なレンガがひどく身体を削ったが、男はすぐに立ち上がり走り出した。 立ち上がりながらよろめき、捻った足を引き摺るように前へ進む。
よく見ると男の身体は傷だらけだった。何処かでひっかけたのだろう、上等の洋服も所々でもつれ、裂けている。もとは白かった布地は赤黒く変色していて、汗とも涙とも分からない液体でぐっしょりと濡れている。
ただ、胸からぶら下がったカメラだけが不自然なほど無傷で光っていた。
──逃げなければ!
男は壊れたラジオのようにそんな不協和音をぶつぶつと繰り返す。年にしては若く見られた男のかんばせも、今は恐怖と焦りといろんな汁で台無しだった。
ほどなくして、男は足を止めた。肩を激しく上下に揺らし、壁に背を預けもたれかかる。こひゅう、こひゅう……と喉がほそく鳴き、心臓は狂ったようにまだ走り続けている。
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