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その言葉で、裕之の中の何かが切れた。大渡の自分より一回り大きい手を振りほどくと、裕之はその場から逃げ出した。心臓は異常なほど大きく鼓動し、体の震えが止まらなかった。
――二度と来るなと言ったはずなんだがな。俺とお前は本来馴れ合う関係じゃないんだぞ――
クラウディの声が頭の中に響いた。裕之は今日も山の中の広場に来ていた。
――そうやって油断をしているうちに、俺はお前を食らうぞ。よく覚えておけ――
目の前の雲のようなものは相変わらず俺の顔の高さに浮いているだけなのに、声は頭の中に響く。この奇妙な感覚にもようやく慣れてきた。
「なあクラウディ……テニスって知ってるか」
――なんだ突然……今は知らないが、お前の体を手に入れた際は記憶ごと乗っ取るからな。問題ない――
「俺、そのテニスで昔、全国二位になったことあるんだ。あ、理解できない言葉があるなら適当に聞いててくれ。それで、推薦でテニスの強い中学に行ったんだ」
裕之の声は、自分でも驚くほど抑揚がなかった。それも当然かも知れない。今裕之が話しているのは、自分がこうなってしまった原因そのものなのだから。
――なんだ……お前の昔話か――
「そうだ。しばらく聞いててくれ」
昨日はクラウディの昔話を聞いたのだ。今日は自分が話す番のような気がした。なにより、誰かにこのことを話さなければ、爆発してしまいそうだったのだ。
「全国二位って言っても、中学に入れば俺より強い先輩だっている。そもそも、体格が違うんだ。厳しい練習の中で、俺は体と心を少しずつ消耗して行ったんだ」
右手が小刻みに震えたが、左手で押さえて続けた。
「それである日、自分より弱い同級生に負けちゃってさ……その時、そいつに言われたんだ……お前は勝負に弱い。このままじゃ、落ちてく一方だ…って」
その時の相手の、責めるような視線を思い出す。なぜだか知らないが、その視線は裕之の心に深く突き刺さったのだ。
「折れかかったいた心は、その一言に完全に折れたよ。俺はテニスをやめて、勝負の世界から逃げた……だけど……なんでかな……」
突然、クラウディがぐにゃりと大きく形を変えたように見えた。しかし、そうではなかった。裕之の目に溜まった涙が、視界を歪ませているだけだった。頬を熱い涙が伝うのを感じたが、裕之は気にしなかった。
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