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サービスラインに立つと、ポケットからボールを一つ取り出す。久しぶりの感覚に、懐かしさがこみ上げてくる。
ボールをギュッと握ると、大きくトスをした。力を溜め、大きくラケットを振る。
ガッという嫌な音と共に、ボールは見当違いの所へ飛んでいった。久しぶりに降ったラケットは重く、まともに振れ
なかったのだ。鈍りきった腕全体がジンジンと痛む。しかし、これくらいでめげてはいられない。ポケットから二つ目のボールを取り出し、もう一度サーブを放つ。今度はまっすぐ飛んでいったが、ギリギリのところでネットに引っかかってしまった。
大きく深呼吸をして息を整える。もう一度ボールを掴み、精神を集中する。トスを上げて、腕全体を大きく降った。
パアンという大きな音がして、ボールが相手のコートで大きく跳ねた。文句のない、完璧なサーブだった。
「よし!」
思わずガッツポーズを取った。まだまだ、やり直せそうだ。
不意に背後から大きな拍手が聞こえてきた。振り返ると、男子テニス部のメンバーが集合していた。どうやら、外周から帰ってきたらしい。集団の中で、中渡とマネージャーが、特に大きく微笑んでいた。
「もう一度、ここでテニスを始めていいかな?」
俺の言葉を聞いて、中渡は近づいてきた。右手を差し出し、昨日同様優しい声で言った。
「中渡悠斗、前衛だ。よろしく」
昨日は振り払ってしまった手を、裕之は今度こそ握り返した。
「大井裕之、シングルスプレイヤーだったけど、今日から後衛だ。よろしく」
それからの日々は、目まぐるしいスピードで過ぎていった。ブランクを取り戻すように、裕之はテニスをし続けた。他の部員もそれに応えるように自らを鍛えぬき、テニス部の実力はどんどん上がっていった。
変わったのはそれだけではなかった。裕之は昔のように他人と会話ができるようになり、少しずつ身の回りに人が増えていった。テニスを再開して、裕之の人生は間違いなく変わり始めた。
そして、季節は過ぎ、高校三年の五月。
裕之は、この日もコートの中を走り回っていた。すっかりボロボロになったラケットを振り、強力なショットを叩き込む。この半年の練習は、確実に裕之を成長させていた。様々な大会で結果を残し、裕之と悠斗のペアは全国大会候補とまで言われるようになっていた。
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