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 言葉が途切れると、今度は視界に変化が起こり出す。目の前の何も無かった空間が歪み、白みがかったもやが現れ出す。それは色を増し、雲のような濃さにまでなったところで終わった。大きさは一メートルはあるだろうか。大きな綿あめと表現してもいいかもしれない。唯一違うことがあるとすれば、目の前の綿あめもどきは生き物のように形を変え、動いていることだった。そんな物体が、プカプカと裕之の頭の高さくらいのところに浮いていた。そのあまりの奇妙な光景に、裕之は完全に硬直する。少なくとも、目の前で起きていることは裕之の常識で推し量ることのできないことだった。 ――ん? 姿を見せたのに今度は飲み込めないのか? 全く、理解力が足りないね。くだらない常識に囚われるのはやめといたほうがいい――  固まっている俺に、目の前の雲は容赦ない言葉を浴びせる。微かながら復活した裕之の頭の一部が、何とか言葉を紡ぐ。 「……お前、何?」  それを言った途端頭の中に笑い声が響いた、それに連動するように目の前の雲が大きく動き、まるで本物の雲のように様々な形に変わる。 ――誰ではなく何ときたか。ふふ、なるほど、的確な指摘かもしれないな――  雲の考えがわからない裕之は、口を閉じて相手の続きを待つ。やがて、雲は言葉を発した。 ――俺はこの星でいわゆる宇宙人と呼ばれている、れっきとした生物だ。私の故郷の星はここから九百万光年離れた場所にある。さて、初めての者同士が自己紹介をするのは宇宙のマナーだぞ――  サラっと衝撃的なことを述べてから、裕之にも自己紹介を勧めてくる。本来なら動揺する場面であろうが、裕之は動じない。 「大井裕之。十七歳だ。他に紹介するほどの趣味は無い」  簡潔にまとめた挨拶をする。しかしながら、これが現時点の、偽りなき裕之の状態なのだ。名前と年齢、それにせいぜい学校名くらいしか紹介するものはないが、宇宙人相手に学校の名前など言って何になろう。そう考え、あえてそこは口にしなかった。 ――ふん、そうか……ところで裕之、お前は俺が怖くないのか? 生物が異質なものを恐るのは本能だと思うが?―― 「怖くないさ」  裕之は即答した。これは、胸を張って言える事実だった。 「異質なものを恐るのは死が怖いからだ。あいにく、俺は死ぬのが怖くない」  
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