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――それはお前が、自らを磨かなかったためだ。考えてみろ、何か一つだけでも、本気で取り組んだことくらいあるだろう。そしてそれで、お前はどんな結果を残した?――
それを聞いて、裕之はハッとする。取り組んだこと……その結果……過去の記憶が裕之の頭を去来した。
――心当たりがあるだろう――
その声は、どこか得意げだった。しかし、裕之は黙って過去の記憶を辿る。その中にいるのは、今とは違う自分だった。
――さて、この程度でいいだろう。そろそろ、お前の血をいただくとしよう。後のことは心配するな、完全に、お前になりきって寿命を全うしてやろう――
その声にハッとして裕之は目の前の相手に意識を向けた。白い塊がゆっくりと自分に近づいてくる。自分との距離がジリジリと縮み、手が届く距離になったとき――
――裕之は目の前の塊を、思いっきり殴りつけた。綿の塊を殴りつけたような奇妙な感覚を感じ、腕が白い塊の中にめり込む。
――ぐああああ……何を、するのだ――
頭の中に甲高い声が響く。しかしそれを気にせず、裕之は二発、三発と続けてパンチを入れた。
――お前、抵抗する気はないんじゃなかったのか? なぜ……いきなり――
「悪いな、急にそんな気分じゃなくなったんだ」
手を止めると、静かにそう告げる。目の前の雲はグニャグニャと形を変え、見るからに苦しんでいる。幽霊のような存在でないのなら、攻撃は通用すると考えたが、どうやら当たりらしい。
「ケンカは苦手みたいだな。どうする、力ずくで俺の体を奪ってみるか?」
しばらく返事はなかった。向こうの表情がわからない以上、何を企んでいるのか想像するしかないが、たとえ反撃してきたところで裕之にはそれを迎撃する力があった。
――いや、やめておこう。お前の気持ちが変わるのを待つ――
帰ってきた返事は意外なものだった。千八百万年の旅の果てに見つけた獲物を、やすやすと見逃すらしい。
「そんなあっさり逃がしていいのか? それとも、それも作戦なのか」
――逃がすとは言っていない。しかし、俺にはお前を力で征服するだけの能力はない――
驚くほど素直に負けを認めると、ゆっくりとその姿が透けていく。
――今はただ待とう。ここで多少時間を消費しても、もはや何も変わらないからな――
「待てよ」
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