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目が覚める。
視線の先には見慣れた白い天井、顔を横にずらしてみれば、やはり見慣れた白のシーツ――そこに、いやに黒々とした、しかし一見して血の跡だと分かる色が染みていた。鼻の奥には、鉄錆でも押し込まれたような不快な匂いがこびり付いている。
呆と夢現に、彼は体を起こした。十代の半ばを過ぎた頃であろう、まだまだ幼い顔立ちの少年だ。そんな彼の顔には、線が通っていた。シーツを汚した原因であろう、鼻血の跡である。
顔に手を当て、それを自覚した少年は、唐突にはっと目を見開いて辺りを見回した。何度も何度も視線を右往左往させ、そこが行き慣れた保健室であることをしっかりと認識して、深く――本当に深く、肺に溜まった空気の全てを絞り出さんばかりに、安堵の息を吐いた。そうしてもう一度、次は何だか呆れた風な表情を伴って、ため息。顔に手を当て、心底恥ずかしそうに頬を歪めて、
「なんて夢を見てたんだ、俺は……」
全てが、夢だった。
美晴が事故にあったことも夢。それに伴う決断や、選び取った未来も夢――それどころではない、彼は高校生、結婚は勿論のこと、付き合ってすらいなかった。想いは、確かに本当のものではあったが。 どうであれ。
「妄想甚だしいにも程があるだろう……」
夢を見たというか、夢にまで見たというか。そうなれば良いなあ、と思うことが皆無であったとは言わないが、しかしそれにしても互いの気持ちを確認した仲ですらないのに。何となく、これから美晴と顔を合わせるのが非常に恥ずかしかった。
これから、といえば今日。ふと時計を見遣ると、時間は十二時手前。そろそろ二学期の終業式を終えた美晴が、フケて保健室に逃げ込んだ彼を探しにここへやって来る頃合だろう。本日は十二月二十四日――夢のあの日と同じ、クリスマス・イヴ。窓の外を見てみれば、一片の曇りもない銀世界。ただただ見とれてしまう美しさだった。
夢で良かったと、彼は真摯に思う。彼女とそういう関係になれていたことは喜ばしかったが、けれどあのような事態に陥り、あのように残酷な決断をし、彼女を苦しませるようなことになるのであればそんな未来は欲しくない。それによりにもよって二十四日――今日という、大切な日に。
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