全ては虚ろへ

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 彼は今日この日、美晴と二人で出かける約束をしていた。そして、想いを伝えようとも。記念すべき日になるはずなのだ、そうなってもらいたいのだ。そんな日を、夢で見たような悪夢に変えるわけにはいかない。  夢――そう、夢。  そういえば自分はどんな選択をしたのだったか。つい先程まで覚えていたような気がしていたのだが、どうにも思い出せない。徐々にどんな夢を見ていたのかさえ、あやふやになってきそうだ。  不意に、がらがらと音を立てて、扉が開かれた。 「……やっぱりここに居た」  聞き慣れた声音。ようやく来たか、と彼は窓の方へ向けていた顔を、そこに居る少女――美晴へと振り返らせる。  途端。 「ふっ……ふはっ……」  何だかとても堪えきれなさそうに、美晴が吹き出した。  長くて黒い、艶のある真っ直ぐな髪が揺れる。細い肩も、昔とは違って目元が出るくらいには短くした前髪の下にある長い睫毛も震え、宝石のような黒い瞳にはほんの少しの涙が滲んでいた。 「な、何だよ、人の顔見て笑いやがって」 「だ、だって高坂くん……顔、血の跡……」  また笑う。  そうして、ああそういえば、と彼は気が付いた。……鼻血の跡が、くっきりと付いているのだと。 「し、仕方ねぇだろ。起きたら鼻血出してたんだからよ。しかもまだ寝起きで、その、えっと……うわ、恥ずかしい」  顔を隠し、呻く。  まさかこんな醜態を晒そうとは。夢のことも相まって、これまでになく恥ずかしい。幸先は最悪だった。  一頻り笑った後、 「ほら、もう笑わないから、ちょっと顔から手を退けて」  そう言って近付いて来た美晴がハンカチを取り出して、彼の頬に手を当て、血の跡を拭う。まだ少し口元が引きつっていたが、いい、何も言うまいと彼は誓う。これ以上ボロを出しても仕方がない。 「あー……そういや美晴、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」  とはいえ、こんな近くに彼女の顔があるというのは耐え難いので、話しかけることで気を紛らわせる。 「ん、何?」 「いや、まあ……あのさ、もし子供が出来て、まだお腹の中に居て、そんな時に事故に遭って、母親と子供どっちかしか助からないってなったら――美晴は、自分と子供、どっちを助けたい?」  そして気を紛らわせる以上に、気になっていたことを聞いた。夢で見たからだろう、そんな時、彼女はどちらを望むのか。知っておきたかった。
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