赤が舞う

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‡ 「うっ……」  薬品の匂いが漂う空気に思わず眉を顰め、青年は目を覚ます。  視線の先には白い天井、横を向けば見知らぬ内装の部屋。自身が寝かされているのは、学生時代によく授業をフケて寝入った保健室のベッドと同じように清潔感のある、やはり白のベッド。上手く思考が働かなかったが、それでも彼はここが病院であろうことに思い至った。病院以外にこのような……生気を感じさせない場所を、青年は知らない。  ふと思う。  ……どうして俺は、こんなところに居るんだ?  ずきりと、頭の奥が鈍い痛みを訴える。まるで内側から鈍器で叩かれているような、意識を揺さぶられる痛みだ。耐え難い痛みに彼は呻き、額に右手を当てようとして、 「……?」  動かない右手に、ようやく気が付いた。  がっちりと固定され、首から布を回し、右腕を吊るような状態。いくら思考が疎らであろうとも、すぐに分かる。これは、骨折だ。何かしら事故にでもあったのだろう、それをその負傷が教えてくれた。  では、その事故とは何だっただろう。思い出そうとすると、再びの鈍痛が彼を苛む。まるで思い出すことを拒むように、脳が自ら痛みを発しているようだった。  不意にがらがら、と扉がスライドする音が鳴り、彼は反射的にそちらに顔を向けた。開かれた扉から入ってきたのはやはりというか、清潔感の漂う白衣に身を包ませた医師であろう男性だった。目を覚ましている青年に気付き、ほんの少し目を見開いた後、安堵の色を浮かべた。けれど、微かに複雑そうな色も滲み出ていたように見えたのは、気のせいだろうか。 「気分はどうですか、高坂さん。傷は痛みますか?」  自分の名前を呼ばれ、青年は動かない右腕を一瞥し、ぼんやりとした表情で声を出す。 「気分がどうかは分かりませんけど、取り敢えず痛みはあまりないですね。というか、全く動きませんし」 「ふむ……、まあそんなところでしょう。奇跡的に骨折で済んだとはいえ、まだ麻酔も抜けきっていないでしょうからな」 「奇跡的に……というと、俺はどうして骨折を?」  頭がぼやけるのも、この鈍痛も麻酔のせいかと理解しつつ、疑問を投げかける。五十前後と思しき男性医師は気まずそうな顔色を浮かべながらも、その問いかけに答える。
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