赤が舞う

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「車に跳ねられた――というのは、正確ではありませんね。車に跳ねられた人と手を繋いでいたから、ですよ。下手をすれば腕がちぎれていてもおかしくはなかった」 「人と、手を……?」  ずきりと、一際強く、頭の奥が痛みを訴える。  手を繋ぐような相手が、自分には居ただろうか。いや、居るには居る。大切な、大切な、心から愛した一人の女性が。 「美晴……」  思わずその名を呼ぶ。  途端にさっと血の気が引き、言葉にならない声がこぼれ落ち、 「うあぁ……!」  全てを、思い出した。思い出してしまった。  クリスマス・イヴ――誰もが待ち望み、大切な人と過ごそうと待ちわび、心待ちにするその日。彼も当然のように、最愛の人と共に街へと出掛けた。数々のイルミネーションが見慣れた街を煌びやかに飾り立て、馴染みの曲を流し、子供も大人も笑顔で雑多を行く中を、青年と彼女も手を取り合って歩んでいた。ポケットにはプレゼントを忍ばせ、食事に行った帰りにでも渡そうと思い――その行きしな、唐突に衝撃が襲ったのだ。  横断歩道を渡る途中。信号は、確かに青だった。しかしそこに、一台の車が突っ込んできて、まるで急かすように彼を引いていた彼女が、目の前で―― 「美晴、美晴っ……! あいつは、あいつはどこに!?」  顔を左右に振って病室内を見回すが、姿が見当たらない。他の患者さえ居ない、つまりは個室であるのに、青年はそんなことさえ見当の内に入らないように、何度も何度も病室内に目を向ける。そしてついには立ち上がろうとするが、しかし麻酔の抜けきっていない体は言うことを聞かず、危うく転倒しそうになる。 「落ち着いてください、高坂さん……! 奥さんは大丈夫です、一命は取り留めましたっ」  青年を支え、転倒を防いだ男性医師が叫ぶように言う。  それを聞いた彼は幾分落ち着いたように息を吐き、肩の力を抜いた。 「そう、ですか。良かった……本当に、良かった……」  最後に見た光景、その時美晴は僅かの動きも見せなかったので、もしやという最悪の結末を想像してしまったのだが、それだけは回避することができたようだ。  目頭が熱くなり、涙が滲む。安心して、息んでいた体が弛緩し、思わずこぼれ落ちてしまう。
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