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男性医師の手でベッドに寝かし直され、無事な姿を見るまではどうしても不安を感じてしまうが、それでも自分にできることは何もないだろう……歯痒いながらもそう思い、無事な姿を見ることを楽しみとして、彼は逸る気持ちを押さえ込む。どうせ、未だ体は麻酔で思うように動かない。生きているなら、それだけで良い。
「それにしても、高坂さんが目を覚ましているとは思ってもみませんでしたよ。本当なら、もっと長い間眠ったままなんですがね。何と言いますか……知らなくても、やはり分かってしまうのですかね」
最後の一言を消え入るような声で呟き、男性医師は、何度目かになる気まずそうな表情を浮かべていた。
呟きを耳にした青年は、眉根を顰める。何故この男性医師は、幾度もあんな顔をしているのか。患者二人が無事だったのだ、最善を尽くせたと言えるのに。それとも、それ以上に何か懸念すべきことでも――
「高坂さん」
「なん、ですか」
男性医師の厳しい声音に、喉を詰まらせる。
嫌な空気だ、と青年は思う。こういう時は、大概良いことは起こらない。それでも、何故だか彼は聞き入ってしまう。悪い知らせであろうことは、百も承知なのに。
或いは無意識の内に予想していたのかもしれない。予期していたのかもしれない。それともやはり――承知していたのか。
男性医師が紡いだ言葉に意外性は感じられず、しかし青年は、否応なしに内面を驚きで満たされる。驚きで満たされ、次いで恐怖が襲い、悲しみに暮れ、当て所のない憤りに体を震わせる。
知らずとも分かっていた。
聞かずとも見ていたのだ。
目の前で愛する女性が跳ね飛ばされ、地面に強く叩きつけられ、ぴくりとも動かなくなる様を。
ならば知らずとも聞かずとも、分かる。それがどのような結果を生み出し、今、どのような決断を迫ろうとしているのかくらい。
……だから、頼むから。
「奥さんとお子さんの命、どちらを救いたいですか」
そんな問いかけを、しないでくれ――
‡
出会い、という程のものではない。精々初見、くらいのものだろう、彼女との馴れ初めは。
中学二年生。思春期をひた走り、男女の違いというものを意識し始めていたあの頃。親の仕事の都合とやらでいやに中途半端な時期に転校してきたのが、後に彼の妻となる女性――美晴だった。
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