赤が舞う

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 第一印象は、地味な娘。前髪で目元を隠し、いつも俯いていて、誰とも目を合わせようとしない。誰かに話しかけられてもおどおどしていて、そのくせ意地っ張りなのか、どうにか向き合おうとしているその姿に、まだ少年時代であった彼は心を惹かれた。しかし、惹かれたとはいっても、それは異性として意識したわけではない――転校生という存在の物珍しさ、他の女子とはどことなく違う雰囲気。そういったものに、興味を持ったのだ。だから最初に声をかけた時、彼を突き動かした衝動はただの興味本位。そしてそれをすぐさま実行に移せる年頃だった。  一度話しかけ、親友と呼べるくらいに仲が良くなるまで、それ程時間はかからなかった。馬が合ったのかタイミングが良かったのか、彼女はすぐに彼に対してはよく口を聞くようになり、笑い、時には怒ったりして、そんな他愛のない日々が流れ――気が付けば、お互いに想いを寄せ合うようになっていた。けれど付き合うという明確な形を得ることは中々なく、そう――あれはいつのことだっただろう。何かきっかけがあり、そうしてようやく二人は、恋人という関係になったのだ。何故だか、その時のことを鮮明に思い出すことはできないが……きっと、どうしようもなく仕様もない、日常の延長のような、そんな契機だった。  それがまさか、夫婦になり、子を得るまでになるとは思いもしなかった。殆ど初恋に違いなかった彼は、そしておそらく彼女も、何もかもが手探りで。二人して間違ったり、行き違ったりして喧嘩もした。それでもあの頃も今も、思うのだ。  彼女を好きになれて良かった、と。  好きで居続けられて良かった、と。  胸を張って言える。  それはこの瞬間――身動きも取れずベッドに横たわるしかない時でも同じだ。美晴と共に居られるのであれば、これくらい安いもの。  だが、どうだ。目の前の男性医師が迫る問いかけは、果たして安いと言えるようなものだろうか。  ……答えは勿論、否。  大切なものが、出来たのだ。愛する彼女と同等に、もしくはそれ以上に守らなければならない存在が出来たのだ。未だ姿を見ることは叶わないとしても、確かに息衝く鼓動を手の平で感じたこともある。そんな存在と、苦しんでいる彼女、そのどちらかを選べと言われても――選べるわけがない。選んで良いはずがない。どちらも、守りたい。
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