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けれど同時に、頭では理解しているのだ。それは二者択一の残酷な宣告であることを。駄々を捏ねても意味はない。どころかその逃避は、これから必ず行うことになるであろう自身の決断を尚更鈍らせるものでしかない。
そこまで明白であっても、
「どちらも助けることは、できないんですか」
固く、色を失った声は、希望ですらない、願望の音を響かせた。
「不可能だと、前もって言っておきます。可能性はゼロではない……しかしそれはあくまで可能性の話であり、実際に試みたとして、成功する見込みはまずありません。ゼロではないだけで、結果は分かりきっています。……ひどく冷酷に聞こえるかもしれませんが、分かってください、私は一人の医者として、何より貴方と同じく妻子を持つ者として、そのどちらをも失わせるようなことは出来ない」
男性の真摯な声が耳朶を震わせる。
「どちらを選んだとしても、必ず後悔は残ります。これから先、何度も何度も繰り返し、この選択は正しかったのかと出るはずもない答えを求める。ですが、高坂さん、全てを失ってしまったのなら――貴方はきっと、後悔すら残せない。ただ自己嫌悪に浸り、何もかもを投げ捨ててしまう。それが何より、最悪の結末です。誰一人……、報われない」
遣るせなさを滲ませる彼に、青年は顔を向ける。表情は、上手く作れない。
「どうして車に跳ねられたのが、俺じゃなかったんでしょう。他の誰でもなく……、美晴だったんでしょう。そんな必然性なんてあるはずもないのに、どうしてあいつが……美晴が、なんでっ――」
慟哭は、破り捨てられた紙片のように床へと落ちていく。
吊るされた右腕が憎いとすら思える。あの時、気が付いて強くこの手を引いていさえすれば。その反動でこの身が押し出されようとも、彼女を助けることは出来ていたはずなのに。聖夜の雰囲気に浮かれていた自分自身が、彼は何よりも憎かった。
「……今更それを口にしても意味はありません。だから、どうか高坂さん、決断を。奥さんとお子さん、貴方はどちらとこれからの人生を歩み続けたいのか、聞かせてください。そうすれば私は、貴方の決断に対し全霊の敬意を持って、必ずや応えてみせます」
どちらと……どちらと?
そんなのは決まっている。どちらも、だ。しかしその願望は通らない。分かっている、分かってはいるが、
「少し、時間をください……」
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