第一章

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若月尚矢(わかつきなおや)はドアの前に立った。 両脚を肩幅以上に広げ、両手をその膝の上に乗せて、呼吸を整える。ワイシャツの下は汗塗れになっていること必至だ。 下駄箱にスニーカーを押し込み、上履きに履き換え、階段を駆け上がり、廊下を疾走してきた疲れなのか、今から実行することへの緊張の現れなのかは解らないが、若月の胸の早鐘はかんかんと鳴り響いていた。 大きく息を吸い、吐く。身体の火照りが少し冷めたのを確認して、もう一度同じ動作を繰り返す。 周囲を見渡す。視界が多少ちかちか点滅しているのが少し気になった。運動不足だな――若月は自分自身を呪った。 廊下には誰も居ないようだ。しんとした空気が、辺りを包み込んでいる。 背中に仄かな暖かみを感じた。振り返る。東の窓から、朝日が差し込んでいた。不意に、不安で曇っていた若月の心が幾許か解放され、晴れていく。 若月は早朝が好きだった。朝起きたら外に出て、清々しい空気を体内に取り込み、日の光を浴びる。そうすれば、一日を爽やかに過ごすことができるからだ。 しかし、朝が苦手な彼にとっては毎日爽やかな一日を過ごせるわけではない。周りから遅刻魔と呼ばれるようになってから早半年が経つが、習慣というものは変えがたく、変えよう変えようとは思うのだが、その夢叶わぬまま、現在に至る。 その点を踏まえると、今日の若月の行動は奇跡と称するに値するものだった。といっても誰かが表彰してくれるはずもないのだが。
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