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リングに巨体を沈めるボブを見るなり、レフェリーが慌ててカウントに入る。
「あ、ワン! あ、ツー! あ、スリー! あ、ワン……」
「時そばは無駄だぜ、いくらカウントを長引かせたって、そいつは起きねえよ」
勝ち誇ったように、三十郎は場内の巨大モニターを見上げた。手際が良い事に、早速リプレイが流れている。アナウンサーの口やかましい叫び声ばかりが耳に響いた。
「問題のシーンはここです! 三十郎選手が両腕を引くなり、そのまま前へと押し出し! 見たこともない技です、何かの拳法でしょうか? 別のアングルから見てみましょう」
同じシーンを、横から再び再生する。三十郎の両手が、ボブの腹部に突き刺さり、そのままボブを後方に突き飛ばす様子が鮮明に映し出されている。
「やはり見た事がない技です。もう一度別のアングルから……」
堂々巡りを繰り返すアナウンサーやレフェリーを無視し、三十郎はおもむろにコーナーポストへ登ると、カメラに向かって叫んだ。
「見てるか!? 拳殴蹴……いいやクソオヤジ! オレは三十郎、あんたの三十人目の息子だ!」
「あ、ワン! あ、ツー……」
「オレの母ちゃんは、たった一人でオレを育ててくれた。文句何一つ言わずに、だけどな、本当は我慢していた! 再婚も出来ずに、母ちゃんはずっと耐えていたんだ!」
「あ、ワン! あ、ワン……」
「だから! 母ちゃんの代わりにオレが! あんたを探しだして、ブン殴ってやるから……って、レフェリーさっきからうるせえぞ!」
「おっと、これはいけません! 三十郎選手レフェリーにパンチです! 試合妨害です! 神聖なる場において、何たる行為……」
テレビのリモコンから電波が送られると、乱闘騒ぎは一瞬にして消された。リモコンの持ち主であろう、バスローブに身を包んだ男が、座り心地も最高な椅子に身を委ね、一人口元に笑みを浮かべていた。
「……三十郎か。面白い男が出てきたものよ……」
男は握っていたワイングラスを飲み干すと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、窓の外を見た。
視界を遮るものはないが、見下ろせば幾つもの街並みが、まるで星空のように漆黒の闇夜を照らしだす。男のいる階層は、その街でもっとも高い位置に座していた。
「三十郎……上がってこい、さらなる高みへ!」
男の笑い声が、都会の夜景に響き渡った。
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