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「お嬢様! こんな所に!」
新たな男の声に、ボブは「今日はあと何回振り返ればいいんだ?」などとウンザリしつつ、またも振り返った。黒のタキシードに身を包んだ、利発そうな若者の姿があった。
「戸斗中(ととなか)!? あっきれた、こんな所にまで追っ掛けてきて!」
「呆れるのはこちらの方ですよ! 何だって病院を抜け出したりするんですか? わざわざ特別病室まで使っているのに!」
いきなり口論を始める二人を見て、ボブは慌てて少女に尋ねた。
「話が見えないんだが……」
「……私ね、あなたのバスケの試合を昔見てね、あなたみたいになりたいって本気で思ったの。だからずっとバスケを練習してて……」
「お嬢様! ええいそこの男! お嬢様から離れないと、オレの自慢のコマンドが……」
そう言って詰めよろうとする男を、ボブは片手で難なく止め、さらにドリブルをしてみせた。
「申し訳ないが、話の腰を折らないでくれるかな? ミスタータナカ」
「ちがっ! オレはっ! ととなかっ! うっぷ!」
小気味よいリズムで何度もアスファルトに叩きつけられ、戸斗中の口からは、何か青春の煌めきの様な、キラキラとした何かがあふれ出ようとしていた。
「で、小さなプリンセス。聞き間違いでなければ、今しがた『病室』なんて単語が出てきた気がしたのだが……」
「そうよ。私は病気。明日が手術でね……陳腐な話でしょ?」
「そうだな、実に陳腐だ。手術を恐れて病院から抜け出し、スーパースターに出会う……」
「そうね。一つ違った事と言えば、私が会ったのはスーパースターなんかじゃなくって……」
突然少女は、ボブの手から戸斗中を素早く奪い、そのままドリブルしながら駆け出していった。
「過去の栄光にすがり付く、哀れでチンケな大男よ」
ボブは茫然としたまま、彼女の背中を見送る。やがて路地裏には再び静けさと、そして彼女が落としたDVDだけが取り残された。
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