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「キボンヌ製薬」創設者の「モスコシ・キボンヌ」は、一流の科学者にして、自ら会社を設立する程のビジネスマンであった。彼は理論上不可能とされていた「足が速くなる薬」「惚れ薬」などをはじめ、あらゆる分野で画期的な薬を作り出す事に成功する。
わずか一代にして大財閥を築き上げたキボンヌは、その後日本で一人の大和撫子と燃える様な恋に落ち、運動会のリレーで太った小学生のラストランを飾るよりも早く結婚した。
(……その末裔が、あのじゃじゃ馬娘ってわけか)
高層ビルの一室、自分の事務所で、ボブは昨日振り回されたあの少女「彩香・キボンヌ」(さやか・きぼんぬ)の写真を手に取った。
大男が、娘でも何でもない少女の写真を見る。背徳的な光景であるとボブは自覚するも、彼の中にある少年の様なプライドが、昨日の彼女を許しはしなかった。
【過去の栄光にすがりつく、アホでマヌケなアメリカ人よ】
彼女の言葉が何度も頭をよぎる。細かい言い回しは忘れたが、とにかく自分は侮辱された。彼は紳士的な態度こそ心がけてはいるが、内心は自らの力に絶対の自信と誇りを持った、飽くなきまでのファイターなのだ。
「ジョージ」
「何だいボブ?」
ボブは窓拭きをしていた若い男を呼び止める。名前はジョージ。日本語が達者な彼は正真正銘の外国人。バスケット時代からボブを支えてきた敏腕マネージャーである。
「このサヤカ嬢の病気って何だか分かるかい?」
「おやおやボブ。何人ものセレブをかわしてきた君が、こんなちっちゃなプリンセスにお熱かい?」
「茶化すなよ。真面目に聞いてるんだ。身元も全て洗い出せているんだろ?」
ジョージは元CIAにして、ちょっとしたワルであったが、ボブというバスケットスターとの出会いが、彼の荒み切った人生に潤いをもたらした……。
残念ながら、今はその事を語る時ではなく、ジョージという男がボブにとってかけがえのないパートナーである事、それだけを覚えていてほしい。
「……大財閥の子女にして、製薬会社という地盤をもってしてもなお、彼女を苦しませる病気……これだけで十分ヤバイとは思わないか?」
「いいから、早く答えるんだ!」
「仕方ないな……いいか? 彼女の病気の名は……」
ボブは息を呑む。そしてジョージは、重苦しく語った。
「『不治の病』だ」
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