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「クロート製薬」。日本国内において「キボンヌ製薬」に並ぶ、巨大企業。「東のキボンヌ、西のクロート」なんて言葉が生まれるほどの存在である。
そんなクロート製薬の心臓とも呼べる、都内某所の研究施設、そこにボブの姿はあった。
(さすが国内トップ企業、厳重なセキュリティだ……)
比較的近くの、とはいえ数十キロメートルは離れた林から、双眼鏡で施設を見る。銃をもった警備兵に、夜中でも暗闇を許すことのない巨大サーチライト、そして番犬とおぼしきドーベルマンが、フェンス内をしきりに行き交いしていた。
(まるでハリウッド映画だな、おおよそ日本とは思えない光景だ)
「げっ、またお前か?」
突然の声に振り向くと、そこには黒いベストに身を包んだ男がいた。顔と声に覚えがある、あの少女を迎えにきた執事の青年であった。
「……タナカか」
「戸斗中(ととなか)だよ! 何で貴様がここにいる!?」
「おやおや、後から来ておいて愚問だな。おそらく目的は一緒……だろ?」
ボブがそう言ってニヤリと笑うと、戸斗中は言葉を詰まらせる。無言は肯定の証だった。
「……私はお嬢様に拾われた。ケンカぐらいしか取り柄のない、粗野な乱暴者だ。お嬢様と会ったのも、言いたくはないがカネ目当ての誘拐だか、そんな不埒な事を考えていた時だ」
「いきなり昔話をする人がいたら、黙って聞いてやれ」ボブは母の言い付けを守り、彼の話に付き合う事にした。
「私はお嬢様に近付き、ガードマンを軽く破ると難なくさらう事に成功した。相手は桁外れの大企業、少しこづけば簡単に大金が手に入ると思った。だが……」
「あんた、かなりの腕利きね。私のガードマンにならない?」
ボブは驚いた。彼の話の中から、少女の声が鮮明に再生されたのだ。それぐらいボブは話に集中していたのだ。
「驚いたよ……命乞いでも泣き言でもなく、あんなあどけない少女が対当に『取引』を持ちかけてきたんだ。私を、認めてくれたんだ」
ボブは黙って頷く。隣を見れば、銃を持った警備員も、真剣な表情で頷いていた。
「彼女は私を許してくれた。何より、私の腕を買ってくれた。だが、私の中の罪は消えない。ならば私の人生は、彼女への贖罪に費やさねばならない」
改めて辺りを見る。警備員の数は増えていたが、彼らはだまって話を聞いていた。
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