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「親父は誉められた人間じゃなかった。仕事を放棄し、母には愛想を尽かされ、よくストレス発散に俺を殴り付けた」
戸斗中の話を聞きながら、警備員はセキュリティを解除し、正面玄関に二人を案内する。
「だが、そんなクズみたいな男でも、たった一つ教訓を残してくれた。『恩は忘れるな。必ず返す事』だ」
すれ違う警備員が二人に敬礼し、薬の場所を案内する。誰かから会釈をもらう度に、戸斗中はメガホンを下ろして会釈を返した。
「俺がお嬢様にもらった恩は計り知れない。俺の未来は、お嬢様のより明るい未来のため、全てを費やさねばならない」
警備員が何やらスイッチを押すと、廊下中をしきりに乱反射していた赤い光線が解除される。見れば警備員は何も言わず、ただ握りこぶしを作り、親指だけを力強く立ててみせた。
「……俺に素性なんてない。誇れるものなんてない。だけど男だ。守るべきものを見つけ、それを守らなければならない」
「一々堅苦しい男だ。お前の様な男に慕われ、あのプリンセスもさぞかし迷惑だろう?」
ボブが茶々を入れると、すかさず周りの警備員からブーイングが上がった。するとボブは「冗談だよ」と言わんばかりに、笑って手を軽く振ってみせる。
「そうだな……お嬢様にとって、俺は目障りかもな」
「だけど、彼女の延命はお前の意思なのだろう?」
「……大切な人に生きてもらう。たとえ本人がそれを拒んでも、俺には彼女しかいないんだ」
戸斗中が喋り終えると、「プププ」と音をたて、大掛りな機械が煙を吹き出し揺れる。見ればメーターは赤のラインに僅かに届かず、機械に埋めこめられた、透明なケースに入れられたカプセルは沈黙していた。
「……タナカ、君は強情っぱりだな。『守る』だの『大切』だのといった言葉に逃げて、君は本当はどうしたいのだ?
ボブの言葉に、戸斗中は目を見開いた。
「長い前置きはいい、凝縮された真実を、君は君の意思を貫けばいい。なに、それぐらいのわがままなら、プリンセスも許してくれるさ」
「わがまま……真実……くそっ、どいつもこいつもハメやがって、ああそうさ! お察しの通りだよ!」
戸斗中はメガホンのボリュームを最大に上げると、全力で叫んだ。
「俺はっ! お嬢様が好きなんだあっ!」
その魂の叫びは、館内スピーカーを通じ、施設内はおろか、その周辺にまで響き渡った。
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