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「どうした事でしょうか!? イワン選手がまだ入場しません!」
会場では、既にボブ選手が入場していた。本来、チャンピオンなど格上の選手は後から紹介されるものだが、イワンが遅れると知るやいなや、急遽人気選手であるボブを先に入場させたのだ。
無論、段取りを乱された時点で、イワン選手には後でキッツイお仕置き、マジな言い方をすると「社会的制裁」が待っているのだが、このまま来ないとなるとそれだけでは済まない。下手したら東京湾にドラム缶(withコンクリート)がプカリと浮くかもしれない。
震えるな諸君、大人の世界は厳しいのだ!
「あわ、あわわわ……ボブ、イワンが来ないぞ、イワンのばか!」
心ここにあらず、といった様相のセコンドと裏腹に、ボブと呼ばれた黒人の大男はにやりと笑う。
「なあに、私が怖くなって逃げ出したのでしょう。あなたは『お前ライオンと戦え』と言われて、戦えますか?」
ボブの余裕ある返しに、セコンドは目を丸くする。
「しかし、これは『ビジネス』だぞ。我々は時間も、金も無駄にされそうなんだぞ! こんな事になるなら家でアニメでも見てたわ!」
「違います。これはあくまでも戦い、そう『バトル』です。個人と個人の戦いを、あなた方が勝手に騒ぎ立てているだけなのです」
ブーイング渦巻く会場を見兼ねて、ボブがおもむろにリングの中央へと向かう。急速に会場が静まり返る中、ボブは渡されたマイクを握り締め、静かに語り出した。
「……会場の皆さ……」
「おまたせえっ!」
ボブの声よりも大きく、若い男の声が遮る。声の方向に全員が視線を集中させると、そこにはイワン選手をお姫様抱っこした、一人のスタッフが立っていた。
「イワン選手はオレが倒した! 代わりにオレが出ても、いいかなあ!?」
唖然とする会場をお構い無く、スタッフはリングへと向かう。この異常事態に、誰もが思考を鈍らせる。かろうじて浮かんだのが「何でお姫様抱っこなの?」という事ぐらいだろうか。
「これ置いといて」
スタッフは、リングサイドの実況テーブル席の上にイワンを寝かせると、颯爽とリングへ飛び入り、スタッフジャンパーを脱ぎ捨て、叫んだ。
「オレの名は拳三十郎(こぶしさんじゅうろう)! 拳殴蹴(こぶしおうしゅう)三十人目の子供なり! ボブ……いや、拳二十郎(にじゅうろう)! オレと勝負しろ!」
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