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会場は騒然となった。倒れたイワンや乱入者以上に、『拳殴蹴』の名前が出てきたからだ。
殴蹴は、半ば伝説と化した稀代の格闘家である。若くしてありとあらゆる格闘技を習得し、公式の格闘イベントから道場破り、果てはストリートファイトから、警察沙汰になった闇試合等、記録された戦いにおいて無敗を貫いた男である。
そんな彼は、ある日突然姿を消した。そして長い月日を経て、『拳殴蹴』という名が人々から忘れられようとした時、格闘技界の各方面から『拳』を名乗った若い格闘家達が現れた。
彼らは人種も顔付きもバラバラで、血縁関係の証明こそ出来なかったが、瞬く間に圧倒的な戦果を築き上げると、彼らはようやく『拳一族』と認められた。
「だ……大事件です! 今、私の耳が腐ってなければ、『拳殴蹴』の名と、そして『二十郎』『三十郎』という子息の名前が出て来ました!」
もしそれが本当ならば、今この場において二人の『拳』が居合わせた事になる。ボブのショー試合から一転、とんでもないメインイベントへの早変わりである。
「……余計な事を言ってくれましたね。どこで知ったのかは分かりませんが、プライバシーの侵害ですよ?」
体に振動すら感じさせる大歓声の中で、ボブは三十郎を睨み付けた。こんな事態を引き起こしたというのに、三十郎は嬉しそうに笑みを浮かべている。
「まったく、俺の兄貴達は恥ずかしがり屋が多過ぎるんだよ。『拳』の名はデカい、すぐに有名になれるってのに」
「三十郎と言いましたね? 愚かな弟よ、あなたが本当に『拳殴蹴』の息子ならば、そんな目先の名誉が欲しいのですか?」
「ああ、欲しいさ。有名になって、なって、なりまくって、まだ見ぬクソ親父を見付けだすのさ」
三十郎が両手を握ったり開いたりを繰り返すと、ボブは溜め息を吐いた。
「……仕方ありません。どの道イワンがああですし、あなたを倒さない限りはこの場も治まらないでしょう」
「そういうこった、ボブ兄ちゃんよ!」
三十郎はいきなり両腕をぐるぐると振り乱すと、ボブに向かって突進する。
「おっと! 拳三十郎、乱入するやいなや、駄々っ子の様にボブへ奇襲をかけた!」
アナウンサーが実況を始めると、流されるままに二人の戦いは始まった。
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