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正式名称はおそらく存在しないだろうが、便宜上で呼ぶなら「グルグルパンチ」としよう。子供が泣き喚き、憤りを露にし、ありったけの怒りを両の拳に込め、本能のおもむくままに振り回す。
少しでも武道を噛った者であるならば、この技には微塵の威力もなく、そもそも当てる事すら出来ない稚拙な技だと分かるだろう。両手をバラバラに使う事でパンチに力が入らない。連続して振り回すという技の性質上、一撃一撃がどうしても弱くなる。あと見た目にダサいなと、欠点を挙げればキリがない。ゆえに、会場は爆笑に包まれた。
「おやおや、どんな技が出るかと思いきや」
ボブもまた苦笑いを浮かべ、振り下ろされた両手を雑作もなく掴み……。
そして、そのまま膝を崩した。
「っつ!?」
突然の出来事に、会場が凍り付く。ボブはグルグルパンチを捕らえようとしたが、あまりの腕力に姿勢を崩した。キャッチした事でこの有様なのだ、もしわざと打たせて直撃しようものなら、ボブの体は、それはそれは大変な事になっていただろう。
「た……大変です! ボブ選手、どうやら三十郎のグルグルパンチを受けようとして、姿勢を崩してしまいました! あんな技が出るのもアレですが、そのパワーも随分とアレです!」
実況が慌てふためき、あまり知的さを感じられない単語を振り乱す。たった一撃で、会場にいる全員がこの『拳三十郎』という男が、ただの道化ではない事を直感したのだ。
「……どうやら、イワンを倒したのは嘘じゃない様ですね」
「お前も大したもんだ。オレのパンチを受けられるなんて」
ボブは嫌でも三十郎を認めざるを得なかった。格闘センスは微塵も感じられないが、この怪力だけは本物だ。ふざけた技も、格闘家らしからぬ細身の体(そもそも服すら脱いでないよコイツ)も問題ではない、この冗談じみた腕力だけが大問題だ。
「仕方ない……私も奥の手を使いましょう」
ボブは両手を突き出し、三十郎を突き放すと、両腕を天井目がけて突き出し、まるで熊が威嚇する様な体勢を取った。
「で、出ました! ボブ選手の奥義『ボブ術』(ぼぶじゅつ)です! この構えを取ったか最後、相手に勝利を許した事はありません!」
実況が叫ぶと、会場は蜂の巣をつついた様な大騒ぎに包まれる。あまりの様子に、三十郎は眉間にしわを寄せた。
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