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(『ボブ術』だと? 『古武術』みたいなもんか?)
明らかに聞いたことのない戦闘スタイルに、三十郎は身構えた。学のない彼でも、ボクシングや空手なら「殴る」柔道やプロレスなら「投げる」など、簡単なイメージは出来るし、実際に手合わせもしてきた。
そこで『ボブ術』である。せめて『古武術』なら、まだ神秘の格闘技として何となくイメージ出来るが、聞き慣れない未知の戦闘スタイルに、三十郎は底知れぬ恐怖を覚える。
人間には知識がある。先人から受け継いできた、生きるための情報が、遺伝子レベルにまで伝達している。しかし三十郎は『ボブ術』を知らない、知らないものは怖い!
それは、船乗りが羅針盤も持たずに海に出る様な、あるいは子供が一人で電車に乗るかのような、未知への恐怖が三十郎を包み込んでいった。
「ふふふ……どうかしましたか?」
ボブはすかさず三十郎に語り掛ける。言われて三十郎はボブを見た。冷静に考えて、こんなアメリカアメリカした大の黒人が、実に流暢な日本語を、しかも紳士的口調で喋っている。
(こいつ……見た目パワーファイターのくせに、頭も良いのか? オレなんかABC全部言えないんだぞ?)
先程までの威勢の良さはどこへやら。そんな三十郎をただ一人、観客席から見守る男がいた。
(むむむ! これはピンチでヤンス。三十郎の悪いクセが出てるでヤンス!)
眼鏡に出っ歯、さらに首から下げた一眼レフが、一昔前の日本人のステレオタイプを彷彿とさせるこの男、名は『拳二十九郎』(こぶしにじゅうくろう)という。三十郎の一つ上の兄にして、三十郎の旅を支えるパートナーでもある。
彼のIQそこそこの頭脳がフル回転し、三十郎の窮地を救うべく策を検索し始める。
(原因は分かっているでヤンス。三十郎は自分の理解出来ないものは切って捨てる。しかし、今この場の様に、無理にでも対峙しなくてはならない場合は……)
二十九郎はいきなりポーチからシュガーポッドを取り出すと、中にある角砂糖を鷲掴みにして口へ放り込んだ。
(考えるでヤンス! 脳を使うでヤンス! 糖分が足りないでヤンス!)
周りの観客は、そんな二十九郎を見るなり、椅子を座りなおし、気持ち少しだけ距離を離した。
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