2人が本棚に入れています
本棚に追加
snow doll
「どうぞ」
そういったはずの僕の言葉は届いていなかったのかと気になって、僕からドアを開けてみる。
ぜーぜー言ってるしらべの呼吸に、ヒューヒューと言う音が混じっているのを聞きつけて、内心焦りながら、僕はしらべをゆっくり中に入れた。
さすがに何度か言い聞かせたせいか、僕が多少怒ったような声色を出しても、しらべは怯えないようになっている。
僕が、教育実習に行った頃。
しらべは常に一人だった。
いつ見ても、一人でぽつんとそこにいて、見えないシールドを張り巡らし、自分の世界で覆うことで、周囲を見ないふりをし、自分自身を守っていた。
最初は、そう。
僕は、教育をする立場のものとして、しらべを放っておけない。
そんな気持ちで、しらべに近づいたのも事実。
あまりにも、見ていて痛々しかった。
最初は話しかけても、会話はなかなか成立しなかった。しらべは下を向き、ひたすら僕から離れようとしていた。
それこそ、僕は必死になって、しまいにはどうしてしらべにこんなに近づいたのか、それすら自分で思い出せなくなるぐらいだった。
しらべの口から、しらべの言葉で、しらべの思いを聞きたくなった。しらべの世界に、僕という存在を認めて貰うのに必死だった。そんな僕に、ある日しらべが呟くように言った。
「井ノ瀬先生ってお兄ちゃんみたい……」
それを聞いて、僕はどきっとした。
しらべにとって僕はお兄ちゃんだけど、僕にとってしらべは何だろう……。
その答えを導き出すにはは、数年の月日を要した。
そして今、しらべは僕とよく日々を共にする。
最初のコメントを投稿しよう!