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大切
耳を覆う温かい豹柄の毛の耳当てと同系色の手袋をつけ、最近購入したフード付き赤いピーコートを羽織っていても、一歩外に出ると思わず肩をすくめてしまうほどの、寒い夜。
携帯電話のディスプレイを見てみると、もう日付をまたいでいて二分が経過。
「ちくしょう、何で昨日買い忘れちゃったんだろう」
携帯電話と一緒にコートのポケットに手を突っ込み、私は重たい足を前へと進めた。
どこからか吹く冷たい風が、私の背を押した。
……………
山内楓、23歳独身。
彼氏がいたことは何回かありますが、“経験”したことはナシ。
去年の秋に就職が決まると、都内にしてはお手頃価格な少し古めのアパートを見つけ、今年の春から念願の一人暮らしを始めました。
とはいっても実家は埼玉だから、月に二回は帰って楽させてもらってます。へへ。
仕事に人間関係にお洒落に、都内での生活は想像以上に忙しい毎日だけど、それなりに充実した日々を送っています。
でもやっぱり働き詰めの生活の中で“癒し”はとっても大切で、私の癒しの中で二番目に大切なのが、お風呂あがりのビール。
……オヤジくさいのは分かっています、はい。
そんなビールがきれていることに気がついたのはついさっき。
仕事を終え帰宅し、疲れた体をお風呂に入り温め終え、さあさあ飲むぞと冷蔵庫を開けた瞬間の絶望は計り知れません。
悩みに悩んだ挙げ句、寒さに躊躇いながらも泣く泣く近所のコンビニに買いに行くことにしました。
「ありがとうございました―」
無事ビールを買い終えた私の背に、顔見知りになりつつある店員のお兄さんの声がかかる。少しイケメンだし愛想もいいし、お気に入りです。彼に会えた日は何かいいことがあるような気がします。
――なんて思っていた火曜日の夜。
(ああ、もう水曜日でしたっけ)
「おーいで」
「きゃ……うっ!?」
口にガムテープをつけられ車へと連行された私は、あまりにもあっさりと、“経験”を終えた。
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