序章 苦しみの幸せ

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この世の中、殺人犯や殺人者や殺人鬼と言った者は、極ありふれた者となった。軍人などでは無い一般人からしたら、戦国時代なんかよりも物騒な世の中となったのかもしれない。  『連続殺人』なんて言う字も人々は見慣れて、『集団殺人』なんて言う話も人々は聞き飽きて――こう思えば、本当に物騒なのは、流れ行く市民の思考や傾向だと思う。  だからと言って。  “人では成し得ない才能を持ってして”平然と殺人を犯すのは、そうそうある事ではない。そんな非日常は誰も思わしないし、誰も信じようとしないのだ。  思う人が、信じる人が、頭が狂ってる。  でも。  それは人々が見ていないから、そうやって軽々しく言えるのである。  本当は思う人が、信じる人が、正しい。狂ってなどいるものか。  現実。  僕は正に、その“人では成し得ない才能を持ってして”殺人をした彼女を、目の当たりにしているのだから。 「…………貴方」  言って、真っ直ぐに、ひたすらに黒い瞳で彼女は僕を見た。  薄暗い中、はっきりと見える程、印象的になる程に――その瞳には、何も無い。  そう。無感情な上、光が皆無なのだ。  只、僕を見つめて、見つめる為だけに目を向けて、何を語る訳でも無く、何を知らせる訳でも無く、何も分からな過ぎて気持ちが悪い、そこはかとなく、不気味さを漂わせる色彩、まるで、それはまるで―― 「今の、見た?」  小首を傾げながら、彼女は僕に問う。僕はゆっくりと頷いた。  確かに、この目でしっかりと見たのだ。つい先程、人気の無いこの路地裏で起こった、彼女と、彼女の目の前にある肉塊と化した誰かとの殺戮劇を。  およそ十五秒間の戦い、僕にとっては数時間にも思えたそれに、僕は今までに無い程の憎悪と吐き気を感じ、不安と頭痛を痛感した。  『見てない』と嘘が吐けない位。  『見た』と正直に言ってしまう位。  衝撃的で、辛苦だった。
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