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「――そっか」
ぴちゃり、ぴちゃり。
血黙りを裸足で踏み締めながら、女は僕に近付く。その時の飛沫で、白い髪が赤く染まってくのが見えた。
十メートル弱あった距離が、すぐに七十センチまで縮む。目の前――と言うより、身長差が激しいので、腹の前と言うのが正しいだろう――まで彼女が接近してきた事によって、その姿が先程よりも鮮明に見える。
――天使。
そんなベッタベタな表現しか出来ないが、彼女の容姿は正に、天使の様だった。
白い髪と言い、白い肌と言い、白いワンピースと言い――まるで人間離れしているその白さと美しさに、僕は息を呑んだ。
――そして。
天使と言うには不釣り合いな、血塗れになった躰(からだ)と髪と服。鼻を突く様に強烈な鉄の臭い。右手にある大きい無骨なナイフ。生命も何も無い漆黒な瞳。
それらが只でさえ美しい彼女を、鮮烈に彩っている様に感じる――のは、恐らく僕だけ。
天使じゃなくて、堕天使か。
“堕ちた”天使――とすると、彼女は。
人間としても、“堕ちている”のか。
「……今から、貴方を、殺す」
要点だけを言って、彼女は僕の右脇腹にナイフの切っ先を構える。推定二キロはあろうそれを、彼女はいとも簡単に操っていた。同じナイフであるバターナイフでも、この様に、“あの様に”華麗に操れないだろう。
まるで人じゃない。
人外だ。
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