第一話

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 困ったように眉尻を下げたその顔立ちは柔らかで、世間一般の認識では美人と呼べるだろう。  穏やかに笑む瞳は、ジャムを溶かしたような紅茶色。そこに、丸いレンズの眼鏡を掛けている。 「そんなにお腹が空いているのなら、一度馬車を止めて休憩しましょうよ。  馬も貴方も、朝からほとんど休みなしじゃありませんか」  膝に乗せた分厚い本の、古ぼけた黒革表紙を指先でそっと撫でつつ、彼女は提案した。  一方の彼はようやく咀嚼を終えると、パンの滓を拭った口元を皮肉っぽく歪めて、 「冗談抜かせ、俺に馬車の扱いに馴れろって言ったのはおまえだぞ、ベル。  屋敷を出て今日で十日目だって言うのに、こんな素人臭い腕前のまま暢気に座ってお茶なんか啜れるかよ」 「たった数日の経験でここまで操れるなら、わたしは充分だと思いますよ?」 「その上から目線が嫌なんだ」 「……なんでリントさんは、そう妙なところで負けず嫌いなんですか」
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